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猫と語ろう国語教育

1 :実習生さん:2006/10/17(火) 00:59:40 ID:XRuBqTIe
◆yk/JpL/Z9Uとここで思う存分語りましょう。

262 :実習生さん:2006/12/02(土) 23:21:42 ID:SLJDfAA7
>>254
>>無医村である田舎の顔役が無理難題をふっかけてきたら、どう対応するか。

無医村っていうことは医者がいないってことだよな。
医者がいないってことは、医者が必要だってことだよな。
それなのに、無理難題ふっかけてどうするんだろう?w
プップw


263 :実習生さん:2006/12/02(土) 23:23:54 ID:pR4DI7N3
私が宇宙の研究を志した理由は、物理のあらゆる現象に対する考察の推し進めかたが大好きだったからです。物理の方程式なんて、捉らえかたの一つに過ぎない。ただ、その見方が非常にシンプルで都合よいときそれは人々に用いられ、公式なぞと呼ばれたりする。

264 :実習生さん:2006/12/02(土) 23:27:55 ID:pR4DI7N3
その公式の考え方を基本原理とするとき、すべての研究はそこから出発し、すべての粒子振る舞いはそれに綺麗に従うのです。宇宙を捉らえる際も多くの捉らえ方がありまた宇宙の分野でそれらが多いことも私に大きな影響を与えました。

265 :実習生さん:2006/12/02(土) 23:29:47 ID:pR4DI7N3
更に、単純に宇宙は未知な部分がたくさん残されているということも私が宇宙について研究したいと思う要因となりました。

266 :実習生さん:2006/12/02(土) 23:29:58 ID:xY30tlr/
>262
顔役が、禿げを治してくれって言ったとか。

267 :実習生さん:2006/12/02(土) 23:41:33 ID:SLJDfAA7
>>266
わははw

結局、誤訳ばかりの翻訳書やそれをベースにしたヘタレ文系アカデミズムの本を真に受けた人は、
「共同体」とか「掟」とかっていう言葉に夢中になって、現実には矛盾したようなことを言ってても、
気づかないんだね。
いつぞやに、屁理屈こじらせて、“古文を話す老人がいたらどうする?”なんて言い出したときと同じw



268 :実習生さん:2006/12/02(土) 23:46:15 ID:SLJDfAA7

あ、結論をこんなに早く言っちゃってゴメンw

無理難題きっとあるんだよな。田舎の顔役のすごーい無理難題がな。
古文を話す老人だっていたんだから、そのぐらいお無理難題ないわけないよな。
教えてほしいなぁ、田舎の顔役の無理難題w
また、爆笑させてくれよw

269 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/02(土) 23:55:08 ID:2mHE0hP+
>>263
すいません、いやらしい問いをして。私はこうして本当のあなたを自分なりに
知ろうと考えています。

>シンプル
>綺麗に従う

このあたりに理系の典型を見るようです。(私は癇に障る言い方をします。気にせずに
お願いします。また、あなたも歯に衣を着せず発言してください。)
一方、あなたは言語にも関心があり、勉強したいと仰いました。そのあたりから推察するに
「複雑」で「綺麗に割り切れない」人間自体にも関心があるように感じています。

人間の振る舞いは、宇宙や素粒子とは違って複雑にグロテスクですよね。そこで、取り合えず
あなたの領域からの橋渡しとして、佐藤文隆「量子力学のイデオロギー」
http://www.amazon.co.jp/gp/product/479175591X/sr=8-61/qid=1165070687/ref=sr_1_61/250-1805610-1231424?ie=UTF8&s=books
に対する感想などをお聞かせ下さい。理論家である佐藤は、一方で意外と文系的センスを持っています。
私は、観測(者)問題ということに興味があります。あなたの言われたシンプルな振る舞いは
ある意味存在しえない性格のものですよね。我々の認識自体がその振る舞いに影響を与えるという
意味において従来の自然科学の客観性が根本的に揺らいでいるとも言えます。
認識しなくても「あるんだ!」というのは信仰です。理系の方はそういう信仰の告白をする人が
多いですが。

私の告白:そういう本を読んでると何度もシュレディンガー方程式を見ました。
     分かりません。四次元も・・・イメージさえも困難です。
     でも、興味あります。シュレディンガーの猫とかww

270 :エンジニア:2006/12/03(日) 00:00:37 ID:LN1z/+fa
私は工房の頃医者を志していました。
しかし入学してから医者になりたいとは思っていたものの、なかなかやる気が起きないでいました。
そして3年になってから焦り始めて勉強したのですが間に合うわけもなく、医学部には落ちました。
私立の歯学部には受かっていて、浪人するか入学するかで迷いました。
親と話し合って結局入学する事に決めました。
入学してから改めて思ったのですが、やはり歯学と医学とにはかなり違いがあり、
医学をしたいという気持ちが自分の中で高まってくるのです。

猫さん、医者の卵さん、私はどうしたらいいのでしょうか?人に任すことではないと分かっていますが意見を聞きたいです。
猫さんには教養のある人として、
医者の卵さんには医学に携わるものとして意見を聞きたいです。

271 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:06:39 ID:zdB+1Wl+

>>無医村である田舎の顔役が無理難題

とは、いったいどのようなものであるかを考えることが先決じゃないでしょうか?
プップw


272 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:13:09 ID:OPlQ4J6s
観測者問題…それを言われると確かにサイエンスはシンプルでないしと言えてしまうし言われてしまいます。そこでの判断は非常に難しい。例えば葉っぱの落ちるときの振る舞いとか。現実に近づけば近づくほど複雑になっていく場合が多い。

273 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:13:40 ID:vQh6X4KO
猫さん、すみませんでした…ちょっと軽はずみな発言だったかもしれません。

274 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:16:41 ID:OPlQ4J6s
そこで近似が用いられるのですが。ただ、たとえ振る舞いが違って見えたからといって、基本原理に反するわけではない。ただ無数の条件に束縛されているだけなのです。だからムリに先程の私の姿勢を貫こうと思えば、こういった立場をとるということもできます。

275 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:17:14 ID:jMP/DpBg

携帯でも改行できるんだよ。


276 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:19:53 ID:jMP/DpBg

なんで携帯だと改行しないの?


277 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:21:09 ID:vQh6X4KO
エンジニアさん、歯学も悪くないと思いますよ。そこには医学部はないのですか?もしあるなら転部という道もあるんですがあまり勧めれません…やはりご両親のことを考えなくては。その時の話し合いというのはどういうものだったんでしょうか?

278 :エンジニア:2006/12/03(日) 00:38:46 ID:LN1z/+fa
私はあの時浪人で1年過ごすのは嫌だ、とだけしか考えていなかったように思えます。
親は自分の好きなようにしろとしか言わなかったので、私は大して考えもせず歯学部に入学する事を決めました。

しかし考えてみると、働いてる人は大抵の人が我慢しながら仕事をこなしているように見えます。
仕事が好きなことであるということは贅沢にも思えてきます。
やはり妥協も必要なんでしょうかね・・・

279 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:40:23 ID:zdB+1Wl+
猫さん、すみませんでした…ちょっと軽はずみな発言だたかもしれません。
で、無医村の顔役の無理難題にはどのように対応すればよいのでしょうか?w

猫さん、黙っちゃいましたw


280 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/03(日) 00:46:43 ID:mnstFPwf
>>270
いろいろあって、まだ迷っているんでしたらやはり医学部を受けるべきでしょう。
期限を決めて挑戦する。親御さんの経済的な援助も必要でしょうから、そういう
ことを含めてしっかり煮詰める。で、結局ダメだったらスパッとあきらめる。
そのとき、どんな職業に就けるかある程度考えておくことも大事でしょう。

あなたは医学部への挑戦を後ろから押して欲しいんだと思います。
そういう心理機制は誰にでもあることです。が、その弱さで足元がすくわれる
可能性もあります。血を吐いてでも頑張るんだという決意でスタートしましょう。

それでも弱音を吐くことがある。それも当然なことです。そのときはここで
長文連投でぶちまけよう。ここにはスレ違いはありません。何しろ、隔離スレなんですから。

281 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:48:45 ID:vQh6X4KO
ところで猫さんはどのようにして倫理観を養われたのですか?私の場合はスポーツでした。私は小学校からバスケットボールをしていて中学では全国大会まで行きました。しかし高校では県大会で負けてしまい今までの練習は無意味だったように感じました。

282 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:52:32 ID:zdB+1Wl+
猫さんの倫理観ですか?
それはヘタレ文系の書物を多く読むことによって養いました。
それには、現実無視の屁理屈やこじつけが満載ですから。

283 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:52:54 ID:vQh6X4KO
(続き)でも私は友という宝、また苦しい練習があったからこそ今の自分があると思います。まぁこのことが倫理観の成長と関わるのかは微妙ですが…猫さんは私のようにスポーツを通じて貴重な経験をされたことはありませんか?

284 :実習生さん:2006/12/03(日) 00:57:38 ID:vQh6X4KO
エンジニアさん、私も猫さんと同じです。私も医学生として申し上げますが今からでも遅くないと思います。是非私と共に医学を志しましょう!

285 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/03(日) 01:09:20 ID:mnstFPwf
>>273
いえいえ、あなたが謝る必要はないです。ただ、ここには黒いナメクジもたくさんいます。
私は慣れてますが、他の方は嫌がらせには耐えられないでしょうから。ちょっとした言葉尻を
執拗に追いかけてるのがいるでしょ?w そんな人間にはなりたくないですね。

>>272 >>274
>現実に近づけば近づくほど複雑になっていく場合が多い。

私は人間にとっての宇宙であり素粒子に関心があります。ですから、複雑さをなかなか
捨象できません。

>近似

これは、アナロジーやメタフォーの論理に通底するものですね。ただ、近似と言っても
自然科学における理想化は大きな問題を含みます。

>無数の条件に束縛されているだけなのです

その条件の一つが欠けただけで結果が大きく異なる場合が多いです。また、非線形では
初期値の取りかたで大きく異なる。だから、我々の振る舞いの予測は簡単ではないんですよね。
経済では数学が使われますが、予測は常に不完全です。

私の発言が何らかの刺激になってもらえれば、そう思って発言してます。
あなたも遠慮なく仰ってください。ここでは立場や身分職業年齢などは一切意味を持ちません。
中身だけが問題です。その中身とは専門的な高邁さということではなく、学問の営為や
人間の生に対する真摯さという点が重要です。素人には素人なりの真摯さがあるはずです。
私はその一点を見ています。

そういう了解のもと、大胆に意見を交換しましょう。

286 :実習生さん:2006/12/03(日) 01:23:22 ID:zdB+1Wl+
猫さんはスポーツではなく、主に社会学です。物は言いようを地で行くヘタレ学問である社会学を通じて倫理観を養いました。
そのうえ、教員をやっているので口先だけでなんでも解決するという同じ倫理観を共有する友はたくさんいますw




287 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/03(日) 01:31:28 ID:mnstFPwf
>>281
私は反道徳派です。こういう立場の人間は少ない上に嫌われます。
倫理と道徳を区別して考えようとする人間も少ないです。いわゆる倫理学でも
そこにこだわることは少ないでしょう。

国家権力は、日本の歴史や伝統を尊重する道徳を強調します。他国や他民族との
差異にことさら価値をおいて自負心を煽るような道徳です。でも、そういうのは
インチキ・デタラメです。ご都合主義です。

源氏物語を読んだことありますか。抜粋とあらすじでいいんですが。
源氏って(現代の道徳から判断すると)性的倒錯を美学とするような作品です。
親父のオンナに欲情する美学!記紀の神話から万葉集などの歌も同様です。
性的なものをおおらかに称揚する美学が一方で道徳でもあった。
そういう日本的な伝統との整合性などは一切問わないのが、今の馬鹿ウヨの
愛国であり道徳です。教育基本法改悪もそのようなインチキの延長にあります。

近代の超克において京都学派が多民族国家の論理で日本帝国主義=大東亜共栄圏
を正当化しようとした。が、いつのまにか単一民族神話を根拠にしてる馬鹿ウヨばかり。
そういう連続性など全くない。歴史や伝統などパッチワークのご都合主義でデタラメです。
このての話になるとドンドン出てきますから強制終了します。

私はそういう時空間に限定されない規範を考えています。しかし、私を見本にするのは
あまりおススメできません。かなり危ない倫理かもしれませんので。あなたはあなたの倫理を
つかんでください。



288 :実習生さん:2006/12/03(日) 01:49:20 ID:zdB+1Wl+
でも、生涯学校に閉じこもっている典型的な教員であるため、
現実世界にはうといです。ありていに言えば世間知らずで、
どこでも学校や職員室と同じように口先だけの屁理屈だけでやっていけると思ってます。
まぁ、まだ学校と一般社会の区別がついていません。

それで、ときどき“無医村である田舎の顔役が医者に無理難題をふっかける”wとかありえないことを口走って
笑われていますw



289 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/03(日) 01:51:57 ID:mnstFPwf
>>281
全国大会ですか、それはビックリです。

>でも私は友という宝、また苦しい練習があったからこそ今の自分があると思います。

最高の倫理ですね。私など足元に及びません。私の倫理はひねくれ者の自己救済の倫理
かもしれないのです。あなたのようなまっすぐなものがうらやましいです。ですが、私は
私のものじゃーないと自分さえも支えられない。一種の病なんでしょう。

スポーツはいいですね。経験ありますが、語るほどのものはないです。ヘタレだしw
というか、体をこわしてしまって。

で、バスケはポジションはどこだったんですか?

桐朋が「ナンバ走り」で西洋的な体の使い方から根本的に変えた。本をちょっと
読んで大変興味を持ちました。よくあるラダーなんかの基礎訓練より画期的になるかも
しれないかなっと。で、あの桐朋流は他にも及んでいるんですか?

290 :実習生さん:2006/12/03(日) 01:55:58 ID:zdB+1Wl+

>私は反道徳派です。こういう立場の人間は少ない上に嫌われます。

残念ながらあなたは嫌われてません。笑われてますw



291 :実習生さん:2006/12/03(日) 02:21:06 ID:OU5q2nMp
>287に関係するコピペ
951 名前:管雑 投稿日:2006/06/18(日) 00:33 ID:qxs4zySf
>924
アマテラスは引きこもり、紫式部は腐女子、清少納言はブログ女、紀貫之はネカマ、かぐや姫はツンデレ、
聖武天皇は収集ヲタで正倉院はヲタ部屋、後白河法皇は最新流行の追っかけ、秀吉はコスプレじじぃ、
狂言は第一次お笑いブーム、鎌倉末期は新興宗教ブーム、戦国の茶道は萌え喫茶ブーム
江戸期に入るとエロパロ二次創作がこれでもかってぐらい溢れかえっている。

事の良し悪しは置いといて、日本人は伝統的に変態遺伝子を受け継いでいるのは事実だ。
外国人から指摘されたとしても悪びれる必要はない。堂々と千年変態だと答えればいい。


292 :実習生さん:2006/12/03(日) 12:38:55 ID:OPlQ4J6s
>>285 猫さんの語っていることは、サイエンスのおもしろい部分であり、また永遠の課題でもあります。 考察をする際、どこまで厳密に掘り下げるかは物理学者がとても慎重になることです。ただ現実に出来るだけ近づけようとしているのは事実です。

293 :実習生さん:2006/12/03(日) 12:41:52 ID:OPlQ4J6s
そこで、『物理では予測出来ない』という人もいますが、私はいつも異議を唱えます。経済も予測できないとはとういうことですか?是非教えて下さい。

294 :名無しさん:2006/12/03(日) 15:22:58 ID:q240aSR2
猫を中心にしっかりスレが成り立っているところに猫に魔力を感じマスタ・・
猫=ネ申

295 :実習生さん:2006/12/03(日) 15:39:32 ID:1Dapb8OM
>>294
麻原と信者の関係と同じだよ。

296 :実習生さん:2006/12/03(日) 15:49:44 ID:OPlQ4J6s
猫さんの言っていることははオカルトではありません

297 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/03(日) 16:25:26 ID:mnstFPwf
>>293-294
ノーベル賞学者のファインマン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BBP%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%B3
の著書に「科学は不確かだ!」(岩波書店)というのがありますね。
『科学的知識と呼ばれているものは、実はさまざまな度合いの確かさをもった概念の集大成
なのです。なかにはたいへん不確かなものもあり、ほとんど確かなものもあるが、絶対に
確かなものは一つもありません。』
『疑う自由こそは、科学にも、科学以外の分野にも、たいへん重要なことだと僕は信じます。』

彼の言葉には引用したい=銘記しておきたいのがたくさんあります。
佐藤文隆の文章にも同様なものを感じるんですが、一流の科学者、それもガチ物理学の理論家は
私と共有する理解というか本能というか、認識というか、そういうものがあるように思います。
二流はダメです。例えば、和田純夫とか、これは最低の部類でしょう。もちろんプロパーな業績
を評価してのことではありません。

科学哲学には関心がありますか。認識論は?あるいは科学基礎論。
基本的に科学とは、理想化=単純化を前提として近似での精密さによるモデリングですよね。
それがミクロ・マクロなら近似もかなり有効でしょう。宇宙と素粒子。
しかし、人間とそれを取り巻く環境それ自体では捨てる=捨象するものが多すぎて
予測には不適切な場合が多い。しかも、現実には人為的なもの、例えば人間の意志とかが
入ってくるからどうにもこうにもならない。でも、そういう科学的営為が役に立っている
じゃーないかと言う強力な主張もあります。確かにそうなんです。だから、常に疑うこと
が要請されるんですね。そういう姿勢がない人間にとっては科学は無意味になるというより
危険なものになるんです。

298 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/03(日) 16:40:18 ID:mnstFPwf
続き

科学の中立性を言う人もいます。まるで阿呆です。理数系の人間は論理的ということを
自負したがる人間がいます。そして文系もそれにコンプを持ってる。そこに憤りと絶望すら
感じることがあるんですが、理系バカは全然論理的じゃーない。単に演算=計算における
閉じた形式論理の適用に長けていることを論理的と言ってるだけです。既に捨象している、
理想化しているという『意味』を問わない。問えない。

上記のファインマンの本にもあるんですが、私なりに敷衍すると科学の中立性というものは
善悪の倫理的境界から超越しているわけではない。すなわち、科学は五人の人間を救う間、
五人の人間を殺してきたんですね。それが科学の進歩です。中立とは、どちらでもない、
ましてやその二項対立を超越しているんではないんです。

中立とは善悪、そのどちらの可能性も併せ持つということ。良くてそれが五分五分である
ということでしかないんですね。
ロスアラモスからサンタフェ、それが冷戦終結によって軍事的な背景が弱くなった結果である
ということ。すなわち、汚れた金が科学の中心にあった。そして、科学の周縁にはその科学が
現実に適用された屍が累々と重ねられた。原爆製造をエピソードにする限り、自然科学の原罪は
消えません。それが本質なんですね。

今は、そういう科学的営為は事前に倫理的検討が与えられることが多くなりました。
すなわち、中立性によって正当化されてきた罪の告白と反省がなされたのです。
人間に悪影響を及ぼす可能性が高い研究は禁止される。また、より人間に貢献する可能性
が高い研究にお金が出される。それは当然のことです。今までが異常だったんです。
説明責任なども同様です。

299 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/03(日) 16:44:20 ID:mnstFPwf
続き

さてさて、話が横にそれました。言いたいことはたくさんあります。
科学の予見性はミクロとマクロに得意。天体の運行とかね。が、人間に近くなるほど
できない。そこが問題だということです。そのあたりは精緻に語らないと論理的では
ありません。

我々納税者は、どうでもいいこと腹の足しにならんことに血税を使われることを放置
しない。私学や民間の研究所だから、という言い分けはかなり足りない人間の言うことです。

科学的営為をそういう現実的文脈から切り話して考えるのは科学者の思いあがりでしょう。

科学は我々に奉仕する義務を第一に持たないといけない。
その意味のおいて、我々に善なる予見をもたらす価値を有するものから研究されるべきです。
この「べき」とは金を払うということです。時代はもうそうなっていると思いますよ。

300 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/03(日) 17:15:43 ID:mnstFPwf
経済と予測可能性

例えば、金融工学の教科書には「予測不可能」と書いてある。
経済では非線形代数やカオス理論を使って研究されているようですが、目覚しい
成果は出てきていない(と思う)。
http://www.bk.mufg.jp/report/focus2002/FotM_46.pdf

ま、そんな難しい話はよう分からんので私なりの理解でかいつまんで言うと
今のITデジタルの市場において、偶然によるロックインが市場での決定的な
ヘゲモニーを握ることになる。すなわち、収穫逓減の原理に合致する経済ではなくなっている。

「収穫逓増」
http://www.qmss.jp/qmss/text/supplements/increasing-return.htm
http://www.nagaitosiya.com/a/new_economy.html
http://www.jkokuryo.com/literature/bs/review/si/arthur.html
このアーサーはサンタフェの初期からのメンバーです。

よく例に取り上げられるベータとVHSの戦い。あるいはマックの没落。
デジタルのける規格の問題。さて、ブルーレイはどうなるか。
それらは質の良さとは関係なく、偶然や人間の意志によって決定された。
また、人間(消費者)は常に合理的に行動するわけじゃーない。
「勝ち組・負け組み」が明確に決まってしまう今日、古い経済学ではどうにも
ならんようになってきてる。

「一人勝ち Winner Takes All」
http://www.jiten.com/dicmi/docs/k27/21524s.htm
http://jp.fujitsu.com/group/fri/report/economic-review/199707/page1.html
http://events.nikkeibp.co.jp/evt/skillupmail/backnumber_chiteki.jsp?did=20030515

ソニーがベータのリベンジに燃え、ブルーレイに賭けている。が、それが全くの無駄骨に
なるかもしれない。品質(技術)の良さではなく、政治的な駆け引きが大きくもの言う。
だから、サムスンと手を結んだのもそのあたりに理由があると思ってる。

301 :実習生さん:2006/12/03(日) 17:32:38 ID:OPlQ4J6s
近似の話、とても考えさせられました。そのことについて今私が述べることはありません。
一方通行的な終わり方でもよろしいでしょうか?前の猫さんの発言ではそれでも良いといったニュアンスだったと思いますが。

302 :実習生さん:2006/12/03(日) 17:34:30 ID:OPlQ4J6s
現代社会への貢献。非常に重要だと思います。ところで猫さん、あなたなら理学部と工学部どちらに入学したいと思いますか??

303 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/03(日) 22:40:24 ID:mnstFPwf
>>301
あまり気にすることなく、自分のスタンス・スタイルで発言してください。
無理をする必要もないし、媚を売る気配りも要りません。自然体でいきましょう。

>>302
理学部だと言いたいんですが、あまりその区別は好きじゃーないですよ。
理学部は工学部より高みに立っているという意識。純粋科学の高邁さ。
そういう古い二項対立で見る理学部は結局何も分かってないと思います。

記述の言語として数学(論理学)に近似する形式言語を使い、物理学の手法でもって
研究する理論言語学であるチョムスキー一派は、言語習得という驚異を動機にしている。
言語の習得や学習といった臨床的な分野とも密接である。

虚数は現実にはありえないけど、ま、どんな体系ができるかやってみた。
すると、後でその虚数が現実に適用できることが分かった。

そういう能天気さは許されえない時代になっているということが理論的に分かる
頭は同時に現実に事実に眼を見開いている人間です。
理学部が、現実世界(人間や社会)から切り離している高潔さを自負する
その魂こそが腐臭を放つということを撃つのが私の立場です。科学哲学や科学基礎論
なんか物理学の落ちこぼれがやるんだと、あなたの周辺で聞いたことはありませんか?

全体性を『常に』意識できない人間は結局機械の歯車です。
理学部の崇高さは単に部品に堕しているという悲劇に気付かない鈍さかもしれません。
ただ、一流はそんな馬鹿はあまりいないようです。二流以下はたくさんいます。
これが私の理解です。

304 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/03(日) 23:06:07 ID:mnstFPwf
村上陽一郎、佐々木、野家あたりだとそういう「落ちこぼれ」ということになるんでしょうが、
池内了はどうですか?彼はそういう理学部の自閉性を告発していますよ。
池内はあなたの専門とかぶりますよね。彼は新聞などでも積極的に発言しています。

えっと、ここまで書いて一つ断っておかないといけないことがあります。
私は理系叩き、自然科学叩きをしたいんではありません。残念ながら、文系の人は
寄ってこないからにすぎません。
文系なら、もっと叩きます。言語学、国語学、言語教育・・・なら撃沈させます。
基本的に文系は物理でもなんでも何の興味関心もないし、知ろうともしない。論外です。
歴史や伝統みたいなスローガンの連呼しかできません。論理は滅茶苦茶支離滅裂です。

本スレで最近話題になった「分かったつもり 読解力がつかない本当の原因」の西林は
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4334033229
は理系出身です。また、私が取り上げた「言語の脳科学」の酒井は物理出身です。

吉本隆明は東京工大だった。論壇文壇の天皇と呼ばれた柄谷行人は工房の頃、数学者に
なるつもりだったと書いてた。彼はゲーデルなど数学基礎論を入れて論じるから、
国語の先生は読まない、読めない。完全な知的怠慢のくせに、あんなものと言う。

言語教育とは、そういうすべてへの道を確保する基礎になるべきだと考えています。
文芸か否か。古典は役に立つかどうか。そういうことしか、口をはさめないのが
文系の現状です。根拠は歴史伝統・・・、感性・・・・、仕事で使うか・・・
まるで厨房工房の域を出ない。

あなたとの意見交換が日本の言語教育に意味を持つということが分かる人は
どれだけいるでしょうか。

言語の運用とは、その対象を選ばないんですね。
国語の先生は素人でいいから、全教科科目をかじっていなくてはならない。
当然過ぎることなんですがね。ただし、こういう主張は反感しか買いませんけどね。

305 :実習生さん:2006/12/03(日) 23:47:39 ID:OPlQ4J6s
理学部は確かに自閉的と言えます。ただ、私の高校時代も現在も、理学部と文学部は敬遠されがちだと私は感じます。
これらは研究職に近く就職しにくいといったような言い方をされます。これらの考えと、理学部・工学部の社会への貢献とはどのように関係しているのか、猫さんはどのように考えるのかうかがいたかったのです。

306 :実習生さん:2006/12/03(日) 23:55:23 ID:OPlQ4J6s
猫さんは理系叩きではありませんw私のような人間のイタイところを突いて考えさせます。
科学基礎論。確かに敬遠されがちですよ。 だんだん猫さんとのやり取りがやみつきになってきましたw 文系は幅広く知るべき。とおっしゃいますが、理系でも同じ姿勢を持つべきだと考えますか?それともあえて文系の人間にいいたいのですか?

307 :実習生さん:2006/12/03(日) 23:57:44 ID:1Dapb8OM
猫がやっとここに住み着いてくれたようでよかった。
信者がいてよかったな。
よそに行くなよ。迷惑だから。

308 :実習生さん:2006/12/04(月) 00:23:29 ID:MUTyzob8
あぁ、携帯とパソコン使って独りでやってるのか。

309 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/04(月) 00:53:22 ID:sYpupwFJ
>>305
そもそも文学部と理学部は一緒だった。数学者は哲学者だったし。垣根なんて
最近になって便宜的にできた。それを得意気に学際的を謳う学問が出てきた。
あるいは文系理系の垣根を取っ払った学部とかもある。

そんなことはどうでもいい。要は、その人間がいろんなことに知的好奇心を
持っているかどうか、それだけのことだと思います。

>理学部・工学部の社会への貢献

貢献しようという『意志』の問題であって、それ以外の要素例えば実用的か
どうかなどは瑣末なことです。

幅広く、というのも同様です。文理を問わないでしょう。専門だけでも忙しい。
仕事で忙しい。そんなことはみなさん一緒ですよ。電車に乗ったら最初の5分だけは
この本を読もうとか、新聞の科学欄だけは読もうとか、何でもできるはずです。
私の知識なんて、その程度のものです。自分でよーく分かっています。
しかし、驚くのはそういうことさえしない人間がたくさんいることです。
その上、他人に教えること=教育を考えようとする。まずは自分に教えろと言いたい。

教育なんて、自分が自分に教える姿を見てもらうしかない。そう思います。
それくらいしかない。理念や技術なんて付けたしです。

>科学基礎論。確かに敬遠されがちですよ。

でしょw
でも必要ですよ。科学論の一般啓蒙書も一冊でいいから読んでみて下さい。
で、電車に乗ったら最初の5分でいいからホイットマンの詩集を読むとか。
(岩波文庫から対訳の新訳が出ています)
何でもいいんです。ちょっとやれば自動的に広がります。源氏物語は長いから訳本でも
全部を読み通した人は少ないと思います。国語の先生でも。だけど、受験で有名な
出口がいい抜粋本を書いてます。http://www.amazon.co.jp/gp/product/4806114391

310 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/04(月) 00:54:01 ID:sYpupwFJ
とにかく手をつける。食い散らかす。その中でこだわるものが出てくる。
私の場合は柄谷行人を読んだことが大きいと思います。彼は難しいです。
初期の「内省と遡行」などから始めたからたまったもんじゃーなかった。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061588265
次は「隠喩としての建築」だったかな。順序は反対かもしれない。

そのおかげです。正直に言います。彼のおかげで鍛えられました。
分からんことだらけ。必死こいて一ページ読む。分からんけどとにかく文字を
追う。なんとかページをめくる。全部頭から消える。その繰り返し。

よーし、ちょっとは分かるようになってやろうとした。彼の本を読むために
何冊も読んだりした。講談社学術文庫にたくさんあります。大きな書店に行って
何でもいいからパラパラ立ち読みしてください。

その学術文庫にあるものを全部読んだら、分からんことに抵抗がなくなった。
シュレディンガー方程式なんて分からんけど怖くなくなった。
次第に分かることも出てきた。

気楽に始める一方、いつかどこかで何かでもって突破するような読書が必要
だとも思います。鍛錬・修行のような読書も必要でしょう。

☆ 最近の柄谷は誰にでも分かる日本語と内容を書けるようになった。
  朝日の書評の文章を見ると驚きますね。

311 :実習生さん:2006/12/04(月) 01:16:52 ID:u+UYEt/c
猫さんがこれまで達成したことって何ですか?

312 :実習生さん:2006/12/04(月) 03:03:33 ID:6XyZ8HwF
自作自演のテクニックです。

313 :実習生さん:2006/12/04(月) 22:57:59 ID:MUTyzob8
【誤訳だらけの翻訳本を一生懸命読むヘタレ文系教員の末路w】

私の場合は翻訳本を読んだことが大きいと思います。翻訳本は難しいです。
そのおかげです。正直に言います。翻訳本のおかげで鍛えられました。
分からんことだらけ。必死こいて一ページ読む。分からんけどとにかく文字を
追う。なんとかページをめくる。全部頭から消える。その繰り返しw

よーし、ちょっとは分かるようになってやろうとした。翻訳本を
何冊も読んだりした。本屋にたくさんあります。大きな書店に行って
何でもいいからパラパラ立ち読みしてください。

翻訳本をたくさん読んだら、分からんことに抵抗がなくなったw
何が書いてあるかさっぱり分からんけど怖くなくなった。
次第に分かったような気がしてきたw

*気の毒で涙が出てきますねw



314 :マクセル:2006/12/04(月) 23:11:24 ID:wW7sXUym
>自分自信に教える。
このスレの核心がこの言葉に集約されているように感じました。違いますか?
垣根・立場・置かれている状況は関係ない。確かにそうかもしれません。ただどうしようもないときってありませんか?私は空間デザインにも興味がありましたが、現実にその学問を追求する機会には恵まれないのです。

315 :マクセル:2006/12/04(月) 23:15:29 ID:wW7sXUym
今日科学基礎論を専門にする教授の元を訪ねました。彼はサイエンティストに対する倫理感の必要性について語ってくれました。最近では自然科学における倫理の位置も非常に難しいことを知りました。

316 :実習生さん:2006/12/04(月) 23:18:11 ID:wW7sXUym
断っておきますと、私は今まで宇宙原子論・理学部の立場等について発言しました。他の人との混同を避けるためハンドルネームを今更ですが持つことにしました。

317 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/04(月) 23:32:35 ID:sYpupwFJ
>>314-315
>ただどうしようもないときってありませんか?

そうですね。というか、そればっかりかもしれません。
できる範囲内でするしかないですよね。でも、偶然性に身を任せるというのも
悪くないだろうし、本当に望むことをやってる人間は少ないと思います。

利根川進はアメリカ留学でもパッとせず、研究生活が続けられなくなりそうだった。
仕方なしにバーゼル研究所に拾われた=厄介払い?。免疫なんて研究するつもりは
全くなかった。が、バーゼルで免疫を偶然=仕方なくすることになって、結局ノーベル賞。

ノーベル賞学者って取れそうな分野をやるらしいし。
好きなことと偶然の両にらみでいいんじゃーないですか。
私なんか「何も」できる環境にないし機会もないですよ。娯楽道楽みたいなもんです。
中身もその程度だろうし。

>今日科学基礎論を専門にする教授の元を訪ねました。

よければ、その時に出た話しをいろいろお聞かせください。


318 :マクセル:2006/12/04(月) 23:47:18 ID:wW7sXUym
現実はそうですよね。ただ、養老さんも言うようにロマン・野心はずっと持っていたいですね。

319 :マクセル:2006/12/04(月) 23:51:45 ID:wW7sXUym
今日の話。我々のノウハウは進歩していく。しかし、各世代がゼロサム関係になっている以上豊かさだけを追求する観念はあまりに楽観的すぎる。開から閉へと我々のパラダイムが転換することにより、『進歩する社会』という理念が精神世界から消えていく。

320 :実習生さん:2006/12/04(月) 23:52:34 ID:MUTyzob8

私の場合は翻訳本を読んだことが大きいと思います。翻訳本は難しいです。
そのおかげです。正直に言います。翻訳本のおかげで鍛えられました。
分からんことだらけ。必死こいて一ページ読む。分からんけどとにかく文字を
追う。なんとかページをめくる。全部頭から消える。その繰り返しw

よーし、ちょっとは分かるようになってやろうとした。翻訳本を
何冊も読んだりした。本屋にたくさんあります。大きな書店に行って
何でもいいからパラパラ立ち読みしてください。

翻訳本をたくさん読んだら、分からんことに抵抗がなくなったw
何が書いてあるかさっぱり分からんけど怖くなくなった。
次第に分かったような気がしてきたw

そして、2ちゃんで翻訳本は誤訳だらけということを知った(涙)

猫ちゃんかわいそー。


321 :実習生さん:2006/12/04(月) 23:56:17 ID:wW7sXUym
かつて自然は永遠で精神は歴史的である、というのが基本的な観念だった。しかし現在は、宇宙・地球・生命すべてが歴史的であり、我々は時間尺度から成り立つ複合体のなかのどこかにいる。といったことだと解釈しました。

322 :実習生さん:2006/12/05(火) 00:30:24 ID:H3pLz7BA
>319=321

全く同じ話を加藤尚武が書いていたのを読んだことがある。かなり短く、さらりと書いていた。
その先生とやらも、元ネタは同じなのか、それともよくある話なのか。
もし典拠が紹介されていたのなら、教えてちょうだい。

323 :マクセル:2006/12/05(火) 00:53:13 ID:G08fLlZM
典拠に対することは何も聞いてないのでわかりません。

324 :マクセル:2006/12/05(火) 01:06:02 ID:G08fLlZM
加藤尚武。『社会的観点による否定』を指摘した人だったでしょうか。雑誌に載ってたと思います。加藤さんの著書。どういったものを読まれたのですか?

325 :322:2006/12/05(火) 02:24:51 ID:H3pLz7BA
>324

加藤尚武氏は、もともとヘーゲルの研究者だったのですが、生命倫理、環境倫理といった応用倫理学を日本にいち早く紹介したことの方が有名かもしれません。

実際、京都大学では倫理学の教授として着任していましたから。今は鳥取環境大学?かどこかで学長をしてるんじゃないですか?

それで、私が読んだのは、『蛋白質 核酸 酵素』という医学系の学術雑誌の1996年10月号です。
ちょっと確認するのに時間がかかりました。

その後、本の形になったのかどうかは確認していません。

ちなみに、私も倫理学の講義を受け持ったことはありますが、加藤尚武氏の著作には随分とお世話になりました。



326 :実習生さん:2006/12/05(火) 15:48:26 ID:s3YoffGr
以前にも発言されてた方ですか?
ROMってるだけで申し訳ないんですが、誰か分からなくなるんです。

マクセルさんは以前にも発言してたのですか?

327 :マクセル:2006/12/05(火) 19:42:30 ID:G08fLlZM
>>326
そうです。宇宙・ブラックホールの話。理学部・工学部の立場等について発言させてもらいましたよ。

328 :マクセル:2006/12/05(火) 19:47:19 ID:G08fLlZM
>>325
そうですか。京都の教授をしているのは知ってましたが。もしよければもう少し掘り下げて教えていただきたいと思います。ちなみに何系の研究をされているのですか?答えたくない質問なら申し訳ありません。

329 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/05(火) 20:52:02 ID:Rw3+cy0/
>>325 及びマクセルさん

加藤尚武さんは何冊か持ってて読んだのは一冊くらいだったと思います。(ただ、探したんですけど
見つからない、一冊も!)

穏やかな語り口調が印象的ですね。

>生命倫理、環境倫理

こういう領域ではもはや古い倫理ではどうしようもなくなってるのが現状でしょうね。
加藤がヘーゲルでどのような業績をあげたかは知りませんが、彼(加藤)はヘーゲルの乗り越え
において倫理学を考えたんではないですか。

そもそもヘーゲルはデカルト主義(人間中心主義)ど真ん中であって、自然は隷属させるべき
存在のように考えていたんでしょうね。国家を理性の最高形態とするのは、プロイセンという
存在を事後的に正当化する動機があったと判断していますから、それほど論理的に思惟した結果
だとは思いません。というか、その国家を事後的に正当化するために全精力を傾けた結果としての
論理性ではないかと疑っています。

私の独断的理解です。ヘーゲルは自然収奪的な人間の行為を「善」だと見なすような考えだった
ようですが、それを時代拘束性を差し引いてもあまり引かれません。やはり、カントの方が立派だったと
思う。ヘーゲルは我々の理性と外部のとしての自然を弁証的に止揚したんでしょうが、それは単に
人間の勝利ということでしかないように思っています。

カントの驚愕を陳腐なものにしただけという印象です。

325氏は、おそらくプロパーな方だと思います。私はヘーゲルもカントも少々の原典と解説本で
しか理解していません。ですから、不適切な部分があればご指摘してくだされば幸いです。
アマチュアは怖いもの、失うものがないから大胆です。ご容赦ください。

最近は全く更新してないようですが、加藤のHP
http://www.ethics.bun.kyoto-u.ac.jp/kato/

330 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/05(火) 21:19:42 ID:Rw3+cy0/
マクセルさん

そうですね、今はデジタル・ITということで「ゼロ・サム」あるいは一人勝ち
= Winner Takes All の時代です。二進法に還元できる、あるいはオン・オフによって
記述してしまえるという思いあがりの結果ではないでしょうか。

二進法とは、現代数学の理論武装に拠れば、現実的基盤など関係ない。だから、現実に
責任は持たないと言うのでしょうね。数学者のアジテーションもご都合主義が多いです。
既に挙げた虚数は後で現実に適用できて役立ったとか言います。都合のいい「現実」は
数学擁護になるんです。
二進法でなぜ数学非難か。そのあたりが大多数の人には理解してもらえないでしょうね。
その現実適用をつかさどる物理屋やエンジニアの責任だとするんでしょう。そういう人間でさえも
少数ではないでしょうか。たいていは、政治や企業が悪いとまでしか言わない。
しかし、一流のサイエンティストはそういう妄言を吐きません。ホーキングはじめとして、
著名な科学者の多くが地球滅亡を確実視しています。もはや暴走は止められないと。
が、そのような科学者は別の暴走しか指さしません。例えば、火星移住とか。分かってない
としか言いようがない。
もはや副作用を第一に考えない研究は認められるべきではない、というのが私の立場です。
そういう観点からは、たいていの理系は脳天気です。
ロスアラモスでの原爆製造やオウムでのサリンはエピソードではなく、本質なんですね。
自然科学の現場にとって一番必要なのは「外部」です。その意味で説明責任や各種倫理委員会など
好ましい方向が出てきつつあります。

「世界は自然数でできている!」と叫んだ馬鹿数学者がいました。もちろん彼は数学者としては
立派なんでしょうが、完全に馬鹿ですね。こういう無邪気さに微笑む時代は過ぎたのです。こういう
理系馬鹿がマスとして今の現状を作り出した。

サリンに罪はない。それを作った人間が悪い。使った人間が悪い。こういう馬鹿を追い詰めるために
必要なのが現代の倫理だと思います。

☆ 本当の阿呆は、日の丸振って君が代を歌ったらどうにかなると思ってる。
  道徳を駆逐しない限り、倫理を見ようとはしないでしょう。

331 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/05(火) 21:35:39 ID:Rw3+cy0/
各論

>養老さんも言うようにロマン・野心はずっと持っていたいですね。

同感です。ただ、名誉や金にならないことに野心を持つのはしんどいです。
これは病でしょうね。

>楽観的すぎる。

一流は絶望し達観しているかもしれない。

>開から閉へと我々のパラダイムが転換することにより

もう少し正確には、「開かれた」という幻想を信じ込まされるような現代を
見抜くことが難しい。インターネットは空間の意味を変えた。無限空間の距離を
無効にした。そういうスローガンの下に物質的な近隣は崩壊しつつあります。
すなわち家族や学校、地域社会はますます閉じられているという二重性がポイント
だと思います。

耳にイヤホンして、自分だけの空間に酔うということの意味。
観光地の絶景を前にしても、両手のゲームに埋没するいたいけな子ども。

テクノロジーの本質をそうだとすることを、効用で正当化することで火星移住かw
そして、テクノロジーの本質とは今までのサイエンスであったとしたい。無関係を
口にすること自体が本質悪だと分からない人間はもはや二流だろう。

332 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/05(火) 21:50:19 ID:Rw3+cy0/
>『進歩する社会』という理念が精神世界から消えていく。

ヘーゲルの限界ということですか。
彼は自然を無限だと考えていた。それは論理的に無限だということではなく、
とてつもなく大きなものを近似(?)としての無限のように捉えることでアポリアを
回避したと思う。

自然収奪
「持続可能」な開発、社会

そういう観点は出ませんでしたか? その先生との話で。

>現在は、宇宙・地球・生命すべてが歴史的であり、我々は時間尺度から成り立つ複合体のなかのどこかにいる。

それと進歩発展を必然とする考えからは「終焉」という結末が出ます。
ヘーゲルは精神のあり方としては国家が最高最終形態だとした。この「終わり」という
道具を持ってマルクスは共産主義をフクヤマはアメリカを最終=最高形態にした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AE%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%82%8A

終わることが必然だとして、本来はその質(=形態)や強度・速度は偶然であって予見できない
ものだと思う。ただ、人間だけが終末のそれら(形態、強度、速度)を決定する力を
持ってしまったということになる。その力は道具としてのテクノロジー、そしてその源泉として
のサイエンスなのである。一蓮托生。自立/自律的という思いあがりこそが糾弾されている
ことを知らないといけない、理学部は。

333 :マクセル:2006/12/05(火) 22:53:19 ID:G08fLlZM
理学部の自閉性を考えている理学部の人間は日本に何人いるのでしょうね。あまりみな意識していないように私は実感しています。持続可能とはどういったことを指すのでしょうか?

334 :GEN ◆MWwfLbUq6g :2006/12/05(火) 23:40:27 ID:oziYD3W0
>『進歩する社会』
社会の進歩とは何を指すのだろう…?そうつくづく思います。
人間の「社会性」ってものは一体何なのか?その進歩ってのは一体何なのか?
人は一体何処に向かおうとしているのか?何処行きたいの?ホントは何が欲しいの?
何が手に入れば満足できるの?それを求める事が”進歩”なの?
そんな子供じみた苦悩から未だ解放されません。解放されたら私は終わりでしょうけど。

>人間だけが終末のそれら(形態、強度、速度)を決定する力を持ってしまった
>ということになる。その力は道具としてのテクノロジー、そしてその源泉として
>のサイエンスなのである。
便利になって、物理的に豊かになって、幸せになる人も、そしてそのまま幸せに
死んでいく人も…確かに居るのでしょうね。
資本主義社会が飽和状態になり、共産主義に移行(進歩)する…そんな理想は
やっぱりありえない。資本主義は治癒不可能な病ですね。
資本主義がいけないんじゃない、資本主義は道具。それを扱う人間に問題がある…
などと言えば言えるが、そんな甘っちょろい考え焼け石に水ですわ・・・
人の”欲望”ってのが如何に無軌道で際限がないか…全てを手にして行き着いちゃ
った人さえ、そこから本当に解放される事なんか出来ない。
資本主義は糞!と言いながら、資本主義の恩恵にどれだ浴してきた事か。これからも…

私は糞だ…と思えるからまだ救われる・・・w

335 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/05(火) 23:48:03 ID:Rw3+cy0/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8C%81%E7%B6%9A%E5%8F%AF%E8%83%BD%E3%81%AA%E9%96%8B%E7%99%BA
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8C%81%E7%B6%9A%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/wssd/index.html
http://www.clair.or.jp/j/forum/forum/chouryu/181/index.html

検索すればたくさん出てくると思います。

昔人間は地球=自然という外部を無限に捉え考えた。が、それは大きな
間違いだった。有限、それもかなり小さい有限さであった。昔人間はそれほど大きな力を
持たなかったから、ヘーゲルのように自然を隷属させることを善だと考えてもOKだと
断定するだけの状況証拠があった。が、今は違うということです。

蓄えが少なくなったら、倹約に努めるという当たり前のことです。
でないと持続できません。

現実は石油であろうと空気水であろうと森林であろうと、そういう意識の対象に
なっているか疑問ですね。

文科理科を問わず、持続可能な社会の維持という命題の下、プライオリティを鑑みて
研究に順序を設けるべきだと思います。

sustainabilityは企業なども視野に入れつつあるようだが、実際は目先が中心である。
また、市民大衆レベルにおいてはライフスタイルや価値観などの変更を求められる。
そのためには教育において、持続可能性ということを規範として教える必要もある。
国旗国歌より何倍も重要な『『道徳』』なんだ。

もはや究極的にはこの一点=持続可能性に収斂されると思っています。

336 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/06(水) 00:04:10 ID:j38i8Oc8
>>334
進歩発展と持続可能性、そしてラップトップを抱えた縄文人

我々の内面は昔の古典と同じような喜怒哀楽から一歩も進んでいない、という意味の
文章をどこかで読みました。恋の悩みなんて、そういう昔から同じことを繰り返してきた。
が、何も変っていない。

幸せって、結局ドーパミンの放出なんですよね。

「ラップトップを抱えた縄文人」という論文を確か朝日の夕刊で読みました。
中村桂子だったと思う。縄文人が今の現代社会に生れ落ちても現代人として
やっていける。それは遺伝子レベルで何も変っていないからなんですね。
だから、我々が縄文時代に生れ落ちても自然と受け入れて生きていける。

ま、いずれにしてもこの数十年で先が見えるところにやってきてしまった。
日の丸や君が代、美しい国、歴史と伝統・・・そして「国語」
人を馬鹿のままにして何も見させない、考えさせないために考え出されている
としか思えないものが充満している。

オツムの中も社会も。

337 :GEN ◆MWwfLbUq6g :2006/12/06(水) 00:12:50 ID:T7ud1LJG
>そのためには教育において、持続可能性ということを規範として教える必要もある。
>国旗国歌より何倍も重要な『『道徳』』なんだ。

その道は・・・・・一体可能なんでしょうか!?

私が哲学から教育に辿り着いたのは、まさにこれなのです。
これを教える大人達に危機感が無い。卵が先か鶏が先か?

ドデカイどす黒いナメクジは眼前に立ちはだかりビクともしませんw
コイツを溶かす塩はあるのか?
正直私は、全く期待が持てません!
それでも足掻くのですが…子供じみていると言われながらw
猫さんはそれでいい…と言うのでしょうね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日は鬱気味

338 :マクセル:2006/12/06(水) 00:16:06 ID:LOw8MPcs
社会の持続性。話にでました。倹約というか、今またはすぐ近い内に有限エネルギーを消費しないようにする観念。そうしないと皺寄せがただ少し延びただけでなんの変化も得ていない。ほんとうに切羽詰まった状況であるし、多くの人が声を大にして叫ぶことが今必要なのだ。と。

339 :実習生さん:2006/12/06(水) 00:30:31 ID:EyoYQXtA
マクセルさん、エネルギーの問題は今とても深刻ですよね…医学の世界でも臓器移植や医療ミスなどの問題がたくさんあります。いろんな世界でたくさんの問題がありますがやはり我々の世代がなんとかしないといけません!

340 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/06(水) 00:33:25 ID:j38i8Oc8
>>337
このあたりになると論理ではなく、感性なんだと主張することが愚かだとお分かり
いただけると思います。
ヘーゲルと同じくブッダも現在の状況=迫りくる持続不可能性が見えていなかったと
思います。現代人も同様です。人間は何度も困難を乗り越えてきた。今度も大丈夫
だろうと。そういう人間もたくさんいます。そんなこと考えてもどうもならんでしょって。

で、国 歌 国 旗 か い なぁー

>正直私は、全く期待が持てません!

叫ぶことができる場所で叫ぶしかないと思っています。
ネットであろうとリアルであろうと。

まとわりつく黒いナメクジだけでなく、彼の地で伝統と美しさを振りまこうと
するナメクジも同様です。そういう人は河合のように好々爺の仮面・・・でなくて、
心底良心的だから絶望的になるかもしれませんね。

絶望・・・
「なぜ学校は考える力をなくそうとするのか」というスレがありますね。
他に個性だとかゆとりだとか。こういうスレを読むと絶望します。

まるで考えていない人間が「思考」を叫ぶ。
個性なんか全くなく、どこかのスローガン注入を反復しているコピー人間が
「個性」を叫ぶ。

おい、石油がなくなったらてめーのくだらん個性なんて吹っ飛ぶんだぞ。
昔のオイルショックの時の狂乱を映像か写真で見てないのか。

プライオリティがない頭はカスだ。(こんなんじゃーアカン?)

341 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/06(水) 00:36:02 ID:j38i8Oc8
>>339
卵さんですよね?
あのー「ナンバ走り」とかバスケの話題もしましょうよ。
二股がいけてると思うんですが。

342 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/06(水) 00:39:43 ID:j38i8Oc8
もちろん、クローン、体外受精、医療過誤、保険制度などなど考えることはたくさんありますね。
そういう話題も平行してゴンゴン長文連投を期待します。請う、暴言の解放!

343 :実習生さん:2006/12/06(水) 00:59:34 ID:EyoYQXtA
ナンバ走りは試したことないです…効果のある方法というのは聞いたことはあるんですが…猫さんはバスケに詳しい方なんですか?

344 :マクセル:2006/12/06(水) 15:25:48 ID:LOw8MPcs
私は中学・高校・大学とバスケをしてきました。チームとして勝ち進み全国大会などに進むということはありませんでしたが、個人としては選抜としてまあ満足のいくことができたと思います。猫さんはそんなにナンバ走りに興味があるのですか?また、実践したことはありますか?

345 :実習生さん:2006/12/06(水) 19:28:47 ID:yZXK1gt9
ちょっと話題はそれるのですが、「言語」の根本的な機能は「考えや思いを他者に伝え、コミュニケーションを図る」ということであると思います。
それでは、日本における芸術教育はどうでしょうか。
私は、音楽や美術等の芸術も、一種の言語だとおもうのですが。
例えば、小・中・高等学校の芸術教育は、リコーダーを吹いてみたり、絵を描いてみたりと実践的なことばかりです。
そもそも、芸術分野を専門にする生徒なんて一握りですので、その様な実践的なことより、観賞をする眼を養うべきだと思います。
又、絵画や音楽に込められたものを、汲み取る能力を養う方が、後になって役立つと思うのですが、どうお考えでしょうか。
(例えば、ピカソが描いたと知らずにピカソの絵を見て、「凄い」と思える人は少ないですよね。)




346 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/06(水) 19:50:57 ID:j38i8Oc8
>>344
「ナンバ走り」は本とテレビでちら見して興味を持っています。理屈からは
すべての運動あるいは人間の体の動きについて言えることのようです。
西洋的な常識を覆す理論であるというのも興味を引きました。が、しばらくの
間、頭の片隅に放置していて思いだしたのです。

実践はしてません。ただ、本の解説を読んで自分でそういう体の動きをちょと
してみたけどコツが分かりませんでした。ぎこちなかった。

うーん、バスケでは例えばバックターンのときには自然に「ナンバ」のような動きに
なっていると思うんですが、どうでしょうか。

ひねらず、上半身と下半身が同調的に回転運動するところが。

お二人のご意見もお願いします。

347 :マクセル:2006/12/06(水) 20:37:31 ID:LOw8MPcs
ロング3Pがうちたかったので、古武術を試みましたができる部分とできない部分がありました。有効かどうかということには未だに疑問を抱いています。バックターン。言われてみれば古武術的かもしれませんね。練習中にねじらない・踏み込まないを終始意識するのは難しすぎますw

348 :ビデ:2006/12/06(水) 20:39:50 ID:Q/0Txt/v
最近、猫さん見ないな。

349 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/06(水) 20:42:16 ID:j38i8Oc8
>>345
>「言語」の根本的な機能は「考えや思いを他者に伝え、コミュニケーションを図る」
>ということであると思います。

うーん、これに関してはいろいろと異論反論もあるんですが、これにこだわると
後の興味深い話題が広がらないので困ってしまいます。
チョムスキーは、言語の本質をコミュニケーションだとすることが言語研究の
一番の陥穽だとしています。なお、反対にロンドン学派はコミュニケーションや
言語使用(運用)の実際、あるいはその文脈背景というものを重要視しますね。
また、内田樹はラカンを引用して、コミュニケーションの本質を「分からせない」
ことだとしています。これは誤解を招くので慎重な理解が必要ですが。
その他にも取り上げたいことはたくさんあるのですが、取り合えず保留にしておいて、

あなたの発言を前提させましょう。

>私は、音楽や美術等の芸術も、一種の言語だとおもうのですが。

この部分に関しては詳しく展開をお願いします。長文連投を望みます。

>その様な実践的なことより、観賞をする眼を養うべきだと思います。

分からないわけではないですが、その二つは対立することですか?
また、プライオリティという観点から観賞が先んじるという判断の根拠が
必要です。最近、英語でも発音できなければ聞き取れないという理論での教材が
注目を浴びています。

下手でもリコーダーを吹いたりすることや絵を描くことが観賞の基本を根拠付ける
ようにも思います。

350 :ドクターK:2006/12/06(水) 20:48:27 ID:EyoYQXtA
突然ですが私もマクセルさん同様、ハンドルネームを持つことにしました。ナンバ走りとは筋力をつけるというより瞬発力がつくと思うんですよね。確かに実践するのは難しい…でも強豪とかは取り入れてるのかなぁ…

351 :マクセル:2006/12/06(水) 20:53:06 ID:LOw8MPcs
ドクターKさん、あなたはかつて医者の卵さんと呼ばれてましたか?

352 :ドクターK:2006/12/06(水) 20:58:32 ID:EyoYQXtA
そうです。恥ずかしながら医者の卵です。

353 :実習生さん:2006/12/06(水) 21:11:13 ID:de5tKIOf
コピーライターとか医者の卵巣とかいろいろ出てくるけど、このスレから出るんじゃないよ w

354 :マクセル:2006/12/06(水) 21:12:20 ID:LOw8MPcs
そうですか。ドクターKさんはなんば走りを医学的に解説できませんか?

355 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/06(水) 21:18:40 ID:j38i8Oc8
>又、絵画や音楽に込められたものを、汲み取る能力を養う方が、後になって役立つと思うのですが、どうお考えでしょうか。
>(例えば、ピカソが描いたと知らずにピカソの絵を見て、「凄い」と思える人は少ないですよね。)

345氏の発言で興味引いたのはここです。
そういう「汲み取る能力」を鑑賞力だとしたら、スキーマに他ならないと
思います。スキーマというのは常に更新するような性格ですから、最初の種まきという
ことになるんでしょうが、以降の方向付けになるので重要でしょう。

そして、「>(例えば、ピカソが描いたと知らずにピカソの絵を見て、「凄い」と思える人は少ないですよね。) 」
という部分は重要です。昔物議をかもして今でもなおその衝撃は衰えていない『第二芸術論』を思い出しました。
http://www1.odn.ne.jp/~cas67510/haiku/kuwahara.html
http://www.geocities.jp/mirai21mirai2002/dainigeijyutu-saiko-0.html
http://www.bungak.com/haiku/syousai/0505.html
http://homepage1.nifty.com/muneuchi/essay/yomaigoto/identity.htm
http://www.geocities.jp/mirai21mirai2002/dainigeijyutu-sainen.html

桑原の原著は講談社学術文庫にあって読んだのですが、今は絶版になってるようで
残念です。

ピカソは「あっという間にミケランジェロのような絵を描けるようになったが、子どもの
ような絵を描けるようになるのは大変苦労した」という意味のことを言ってます。
実際、彼が十代前半に描いた絵は写実的な意味でほぼ完成されていると思います。

あなたの問いかけのように、ピカソに関しての知識(=スキーマ)がなかったら
彼の絵を子どもの描いた絵だと思ってしまうかもしれませんね。まさしく、桑原の
提起した「第二芸術論」という問題が浮上します。

356 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/06(水) 21:31:18 ID:j38i8Oc8
しかし、それこそピカソの狙いだったかもしれないのです。少なくとも「目指した」
ということは間違いない。その「目指した」という意味は大きいです。彼は既に十二三歳で
ミケランジェロに並んだという自負のもと、そういう自負の破壊を徹底したのですね。
俳句が第二芸術として告発されたのとは正反対だとも言えるでしょう。

俳句とは最初から最後まで「お子ちゃま」だと断定されたんですから。
その俳句の持つ本質的なアマチュアリズムのおかげで、素人のサークルは
たくさんありますね。定年退職した人や老後の楽しみになっている。だからといって、
俳句の存在意義を全否定するものではないです。それにはそれなりの意味がある。
それが「第二芸術」です。

ピカソの自己否定の弁証法とも言うべき芸術観は簡単には理解されないでしょう。
そもそもピカソは理解されることを念頭において表現したのではないんです。
表現したいだけだったのですね。
このあたりには、「伝える」に先立つ「表現」が出てきます。そして、その表現は
伝わるということによって根拠付けられるものではないんですね。最初にちょっと触れた
コミュニケーションの本質に対する疑義につながってくるのがお分かりいただけると思います。

ピカソのそのような「転向」の意味を考えさせながら、生徒に観賞させるのは非常に意味が
あると思います。分かるかどうかではなく、天才に触れるということが大事ですから。

なお、象の鼻に筆を持たせて絵を描かせるような前衛は糞だと思います。単に論外。

書家の石川九楊は先人の書をとにかく真似ろと弟子に言います。
その石川自身は真っ黒な書や真っ白な書を最後の目標にしているというのを聞きました。
石川はピカソなんですね、ある意味。

凡人は上手に真似ることだけで終わるんです。で、それでいいんですね。
横道にそれすぎたかもしれません。すいません。

357 :ドクターK:2006/12/06(水) 21:38:26 ID:EyoYQXtA
ナンバ走りを医学的にですか…難しい…ただ身につけれたら確実に有効な方法です。もし私がバスケの指導者なら絶対取り入れるでしょう。将来は医者もしつつバスケの指導者の道も進みたいものです。猫さん、マクセルさんはバスケの指導者という道についてどう思われますか?

358 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/06(水) 21:40:29 ID:j38i8Oc8
>>347
>難しすぎます

というか、簡単すぎることをできない体にしてしまってるんでしょうね。
我々の体の動きで、後方への動きは少ない。だから「地が出る」んだと思います。
ナンバはそういう自然性に根拠付けられているんだと思うんです。

ある種の自然性の回復が困難なことが現代人の病なのかなぁーって。

スリーにナンバの応用はどうなんですかね。
ずっと以前、全日本のコーチの講習でチェストパスは肩でするというような話を
聞きました。きっと、スリーも肩で打てたらいいのかなって思うけど、脳内実践です。
お二人のようには何一つできません。ごめんなさい。

359 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/06(水) 21:44:14 ID:j38i8Oc8
>バスケの指導者という道についてどう思われますか?

全くOK!
医者をしながらミニバスを指導するとか、方法はあるでしょう。
科学的、医学的、合理的+古武術的w で全国制覇!カコイイ

他人であっても夢を聞くのは楽しいです。

360 :GEN ◆MWwfLbUq6g :2006/12/06(水) 21:47:11 ID:T7ud1LJG
>>345
帰って来る道すがら同じような事を考えていました。
特に音楽についてなのですが、私自身ミュージシャンの端くれであるということもあるのですが、
私の人生において音楽というものは非常に大きな要素です。幼少の頃からどれだけ音楽に救われた事か。

私は幼い頃から(…まあ恐らくは母の腹の中に居る頃からなのでしょうが)父の歌声に育てられてきました。
私の父は地元の合唱団の今や重鎮ですwだから良い声してます。父の子守唄で眠りについた記憶は今も
鮮やかで暖かい。昭和9年生まれの父は、ハーモニカも名手です。教会学校(父はクリスチャンです)や幼
稚園の子供達のために演奏をしたり、合唱団の打ち上げパーティーなどで披露して皆を楽しませています。
以前父の合唱団の50周年公演の録音を手伝ったとき、打ち上げパーティーで延々とハ−モニカを演奏し
それに合わせてみんな踊り、歌いと(皆さん50〜70代の方々)、それはそれは素晴らしい場面に居合わすこと
が出来ました。父はろくに飲み食いもせず、前半は司会、中盤からは演奏と、なんともパワフルに動いていた。
「やっぱりオヤジは凄い」と感服しましたよ。そして”音楽の力””音楽の輪(和)”というものの可能性を再確認
したものです。
私はそんな父の姿から「道徳」学んだ。常に「こんな時、父ならばどうするか?ということが頭にあったんです。
謂わば父は私の”超自我”であったと言っても過言では無いでしょう。
しかし、父はクリスチャンなんです。ここで私と父の決定的な違いを発見し、私は私の中の父をある意味で殺した。
それが私の哲学の始まりでした。・・・話が逸れましたwこの話は機会があればまた。

361 :GEN ◆MWwfLbUq6g :2006/12/06(水) 21:48:10 ID:T7ud1LJG
音楽に感動する・癒される・力をもらう…そして私は「愛」をもらった。これって何なんでしょう?『論理』ではない…
そう思います。音楽や絵画など芸術に関しては、如何に論理を追求してもそこに「本質」は無い。
音楽理論や演奏技術というものは確かにその表現能力を高め、創造性を広げるものです。
しかし、それは謂わば道具でしかない。それ以前に表現者の内に”何か”があるとしか言えない。修練もあるだろう、
素養ももちろんある、そしてもちろん一流の芸術家は論理も徹底されている。でもそれで語りつくされるものでは決
して無い。それは語りえぬ『感性』というものなのかもしれない。ここに介在する『感性』というものは、絶大な力を有する。
ここでは恐らく…いや確実に『論理』よりも。この『感性』は論理的(統計的)教育方法によって開かれる可能性も充分ある
と思います。

教育という面で考えると、表現者側だけではなく鑑賞する側についても、兎に角たくさん触れる事がとても重要な事だと思います。
良いものも悪いものもひっくるめて。ここで当然「論理と感性」の二項対立はある。下手なのに心動かされるものにぶつかります。
理論的にも技術的にも全然なってないのに「なんだこれは!」ってのにぶつかる。分析すれば色々ありますよね。体の50〜60%
(赤ん坊は87%)が水分である為、特定の周波数帯に影響を受けるって話もありますが、果たしてそういった論理に裏打ちされた
分析によってのみ語りえるものではない…と思います。それならば、全ての人間は”モーツアルトがお好き”ってことになる。
「なんだこれは!」って感じるのは皆が皆じゃない…となると

音楽(芸術)の整合性ってのは一体何なのか…論理で語るにはデカ過ぎるように思います…w

362 :GEN ◆MWwfLbUq6g :2006/12/06(水) 21:51:05 ID:T7ud1LJG
難しい事はさておきw やはり良いものをたくさん聴いて欲しい。楽しんで欲しい。
論理で語る奴に「そんなモンじゃねえ!ベートーベンの苦悩が、哀愁と怒りと、愛が聞こえんのかボゲェ〜!」と言い放って欲しいw
「レイヴォーンのチョーキングは彼の人生の叫びだ!お前に弾けるかボゲェ〜〜!俺にも弾けんw」と言い放ってホスイw

>実践的なことより、観賞をする眼を養うべきだと思います。(>>345)
>下手でもリコーダーを吹いたりすることや絵を描くことが観賞の基本を根拠付ける
>ようにも思います。 (>>349

私も猫さんと同意見だなあ。先に述べた「触れる」ってのはそういう意味も含んでます。
実践と対立して「鑑賞の眼」ってのを養うべきだとお考えならば、そこらへんたっぷり聞きたいです。

ところで師匠。師匠は『愛』について如何考えます?う〜あっこれ語りだすと確実に睡眠不足になりますw
おいおいゆっくりと。

他の方のレスもいつになく活発で…隔離スレだからこそですかねwスレ建て感謝ww超良スレ。

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