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猫と語ろう国語教育

356 : ◆yk/JpL/Z9U :2006/12/06(水) 21:31:18 ID:j38i8Oc8
しかし、それこそピカソの狙いだったかもしれないのです。少なくとも「目指した」
ということは間違いない。その「目指した」という意味は大きいです。彼は既に十二三歳で
ミケランジェロに並んだという自負のもと、そういう自負の破壊を徹底したのですね。
俳句が第二芸術として告発されたのとは正反対だとも言えるでしょう。

俳句とは最初から最後まで「お子ちゃま」だと断定されたんですから。
その俳句の持つ本質的なアマチュアリズムのおかげで、素人のサークルは
たくさんありますね。定年退職した人や老後の楽しみになっている。だからといって、
俳句の存在意義を全否定するものではないです。それにはそれなりの意味がある。
それが「第二芸術」です。

ピカソの自己否定の弁証法とも言うべき芸術観は簡単には理解されないでしょう。
そもそもピカソは理解されることを念頭において表現したのではないんです。
表現したいだけだったのですね。
このあたりには、「伝える」に先立つ「表現」が出てきます。そして、その表現は
伝わるということによって根拠付けられるものではないんですね。最初にちょっと触れた
コミュニケーションの本質に対する疑義につながってくるのがお分かりいただけると思います。

ピカソのそのような「転向」の意味を考えさせながら、生徒に観賞させるのは非常に意味が
あると思います。分かるかどうかではなく、天才に触れるということが大事ですから。

なお、象の鼻に筆を持たせて絵を描かせるような前衛は糞だと思います。単に論外。

書家の石川九楊は先人の書をとにかく真似ろと弟子に言います。
その石川自身は真っ黒な書や真っ白な書を最後の目標にしているというのを聞きました。
石川はピカソなんですね、ある意味。

凡人は上手に真似ることだけで終わるんです。で、それでいいんですね。
横道にそれすぎたかもしれません。すいません。

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